成田緑夢選手は、2006年のトリノオリンピックの男子スノーボードハーフパイプで日本代表となった成田童夢さんと、

同じくトリノオリンピックの女子スノーボードハーフパイプで日本代表となった今井メロさんの弟になります。

他に流星さんという兄がいますが、両親が離婚していて母方にいったそうです。

才能に恵まれた兄や姉の影響もあり、幼いころからスノーボードに取り組んでいた緑夢選手は、きょうだいの中で最も才能があると言われていました。

そのポテンシャルは、なんと1才からスノーボードを始め、1998年の長野オリンピックでは、4才でスノーボードのデモンストレーションを担当するほどの才能を発揮していました。

そんな才能あふれる成田緑夢選手が今月の、2018年3月9日(金)から開催される平昌パラリンピックの男子スノーボード日本代表に選出されました。

今回パラリンピックに選出されるまでにはどんなことがあったのでしょうか。

その原因となった緑夢選手の事故について調べてみました。

Sponsored Link

平昌パラリンピック日本代表メダル候補の成田緑夢選手の事故とは?

成田緑夢選手は、父親が子どもたちのために作ったスノーボードチーム「夢くらぶ」で、兄の童夢さんと姉のメロさんと一緒に1歳からスノーボードを始めました。

先ずは、緑夢選手の経歴から見ていきます。

成田緑夢選手の経歴

1995年:兄、姉と1歳からスノーボードを始める

1998年:長野オリンピックで4才でスノーボードのデモンストレーションを担当

2010年:スノーボードで「ダブルマックツイスト1260」を一発で決める

2010年:トランポリンで全国高校選手権の男子個人で歴代最高得点16.3点で最高難度賞を受賞

2013年:フリースタイルスキー(ハーフパイプ)のFISワールドカップに3回出場

2013年:フリースタイルスキー世界選手権の日本代表で出場

2013年4月:トランポリンの練習中の事故により左足の腓骨神経麻痺の重傷を負う(障害等級6)

2016年:全日本障害者スノーボード大会優勝

2016年:鳥取パラ陸上大会の走り高飛び優勝

2016年:パラスノーボードクロスワールド杯4位入賞

2016年:パラスノーボードクロス世界ランキング4位

2017年:パラスノーボードクロスワールドカップ優勝

2017年:パラスノーボードバンクドスラロームワールドカップ優勝

2018年:平昌パラリンピック日本代表に選出

怪我から復帰してからの活躍が素晴らしいですね。

本当にとんでもない才能を持っているのと、凄まじい修練でそれを引き出しているのだと感じました。

成田緑夢選手の事故に至った経緯とは?

成田緑夢選手の大阪市にある実家の屋上にはトランポリンがあり、空中での姿勢や感覚を磨くために使っていました。

練習内容は、両足首にスキーの板の重さを想定した2.5キロずつの重りを付け、2回転宙返りで5メートルを飛ぶジャンプを1日に300回繰り返していました。

そして2013年4月、いつものように自宅でトランポリンを使って練習をしていたところ、

飛んだ瞬間に左足が滑り、体勢が崩れた状態で、重りの付いた左足が体の回転についてこなかったのそうです。

そして、前屈の体勢で落下し、左肩が左ひざに強打し、

「バキッ」

という大きな音とともにひざが逆に曲がった。

症状は、

前十字靱帯と後十字靱帯の断裂。

半月板の損傷。

動脈も破裂し、内出血。

医師から両親に告げられたのは、

「歩けるようになる可能性は20%」

「切断の可能性もある」

そう言われたそうです。

しかし緑夢選手の父親が、

「足は切らないでほしい」

と医師に懇願していたそうです。

手術は4度行い、入院は半年におよびました。

そして、左足の

腓骨神経麻痺(ひこつしんけいまひ)」

で、ひざから下の感覚を失う障害が残ったそうです。

Sponsored Link

成田緑夢選手の競技への復活

退院から半年もたたないうちに父親から、

「スキーに行くぞ」

とまだ痛みも引かない状態でスポーツを再開したそうです。

復帰後に行ったウェイクボードは、全日本選手権(一般部門)で優勝するほどの腕前になっています。

この時の、父親の超スパルタの行動がなかったら競技を再開していたかどうか分からない、今は感謝していると緑夢選手は後に語っています。

さらに緑夢選手は夏冬のパラリンピックとオリンピックにも出場したいと言っていました。

【成田 緑夢】(なりた ぐりむ)

生年月日:1994年2月1日(24歳)

身長:173cm

体重:60kg

血液型:AB型

出身地:大阪府大阪市住之江区

高校:上宮高等学校

所属:学校法人近畿医療専門学校

障がい種別:腓骨神経左膝下麻痺

クラスまたはポジション:LL2

2017年12月:サニーサイドアップとアライアンス契約

競技:スノーボード、トランポリン、フリースタイルスキー(ハーフパイプ)、ウェイクボード、陸上競技(走り幅跳び)

父:成田隆史

兄:成田童夢(32歳)

姉:今井メロ(成田夢露)(30歳)

Sponsored Link

パラリンピック障害者スノーボードのクラス「LL2」とは?

障害者スノーボードは男女それぞれ、障害の程度に応じて、「LL1」「LL2」「UL」の3クラスに分かれています。

LL1:片足または両足、ひざ上から下肢に障害

LL2:片足または両足、ひざ下の傷害

UL:上肢の傷害

スノーボードのパラリンピック出場資格とは?

パラリンピックのスノーボードには2種目の競技があります。

それがスノーボードクロスバンクドスラロームです。

この2つの競技は、平昌パラリンピックから新競技として実施されることになりました。

スノーボードクロス

複数の選手で同時に滑走して順位を競うレース。

複数で滑るため、接触もあり駆け引きが重要なポイントになります。

コースにはウエーブと呼ばれる波形の地形やジャンプ台など、たくさんの障害物が設置されていますので、それぞれの障害物を突破するテクニックも必要となります。

バンクドスラローム

バンクとは傾斜面のことで、3回の滑走で立てられた旗の外側を滑って、ベストタイムを競うレース。

スピードが落ちないように、無駄のないターンができるかがポイントとなります。

上記の競技に出場するためには、世界ランキング7位以内に入るか、前年に開催される世界選手権で優勝し、出場枠を勝ち取る必要があります。

成田緑夢選手は2017年のスノーボードワールドカップで優勝を果たしているため、平昌パラリンピック日本代表に選出されています。

まとめ

成田緑夢選手が事故にあってから平昌パラリンピックの日本代表になるまでの経緯を調べてみました。

緑夢選手はインタビューで

「オリンピックもパラリンピックも関係ない」

と言っていました。

スポーツ一家に生まれ、3きょうだいの中で一番才能があると言われていた緑夢選手ですが、怪我をして左足に傷害を負っても、

復活後の、健常者が出場するウェイクボードで優勝までしてしまうほどの努力で他にも輝かしい成績を残しています。

是非、オリンピック、パラリンピックと全ての大会で活躍してほしいと思います。

Sponsored Link